東日本大震災(2011.3.11):第4弾 岩沼市・亘理町 泥だしボランティア活動レポート(5月10日~14日)

2011年3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震が発生。津波、火災などにより広範囲で大きな被害が発生。震災による死者・行方不明者は2011年4月15日時点で約28,000人にのぼり、なお全容把握には至っておらず、避難者は13万人以上。建築物被害も全壊・半壊計少なくとも7万戸にのぼっているが、いまだ全容は分かっていません。アイジーコンサルティングでも、何か出来ることを行動に移そう!と、ボランティアの有志を募って被災地へ行ってきました。現地に行ったからこそ分かったこと、感じたこと。ボランティアの内容、被災地の現状を報告します。


5月10日(火)~14(土)5日間

【災害ボランティア概要】 日程:5月10日(火)~14日(土) 場所:宮城県亘理町  人数:7名


5月10日(火)から14日(土)の5日間、アイジーコンサルティグの社員7名が宮城県亘理町にて災害ボランティア活動に参加しました。移動日となる初日は現地到着後、仙台空港へ視察に行きました。空港へ行く道中、突然景色が変わり、まるで戦後の荒地の様な状態に。明日からの活動で被災された方々に、何と言葉を掛ければよいのか、言葉が見つかりません。視察後は、亘理町ボランティアセンターへ。スタッフの方の話では、震災直後は毎日800名以上来ていたボランティアも今では100名程度に減っているとの事。それでも来てもらえることが嬉しいと言っていました。

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壁一面に激励のメッセージが

5月11日(水) 現地2日目(ボランティア1日目) 亘理町荒浜地区にて活動

4-3.jpg津波被害の激しかった荒浜地区にて活動しました。側溝にたまったヘドロの撤去を行いました。立ち入り制限区域での活動で、地震が来たら即非難するようにとラジオを持たされました。現場周辺は全ての家が津波被害に遭っています。依頼宅周辺は下水が機能していないため水はけが悪く、ヘドロの状態で悪臭が漂っていました。依頼者の家の外壁には2.5mくらいの高さまで津波が来た形跡があります。庭には隣の家の屋根の残骸が流れてきたままの状態。震災直後は車も家に突っ込んでいたそうです。キレイになった側溝を見て、喜んでいただけたので嬉しかったです。今日で震災から2ヶ月です。地震があった午後2時46分に災害放送からのアナウンスに合わせて全員で黙祷を捧げました。


5月12日(木) 現地3日目(ボランティア2日目) 亘理町荒浜地区にて活動

昨日と同じ荒浜地区にて床下・庭の泥出し作業と瓦礫の撤去作業を行いました。初めはボランティアに来た我々を多少警戒されていた依頼者の方も、我々の床下の泥かき作業風景を見て、とても喜んでいただき、打ち解けることができました。私たちの得意分野である床下作業は午前中で完了。午後からは庭の泥だしです。しかし、ゴミの量が多く、半日では片付きません。最後まで私たちの手ででキレイにしたいと思い、明日も作業を継続させていただくことにしました。

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床下の泥だし作業                      泥だし作業完了!

5月13日(金) 現地4日目(ボランティア3日目) 亘理町荒浜地区にて活動

4-6.jpg昨日の依頼者さんのお宅で継続して活動を行いました。昨日、室内から出した泥と敷地内に出された瓦礫の撤去作業です。一輪車3台をフル稼働して瓦礫を20mほど離れた場所まで運びます。量がおびただしく、昨晩の雨の影響で泥の重みが増していました。お昼になると、仕事で不在のはずの奥様が、休憩の合間を見て、ご友人と一緒に手作りのお弁当を差し入れてくださいました。心温まる気遣いに感激しました。味は、言うまでもなく最高に美味しかったです。私たちが名古屋市から来たとご友人の方に伝えると、「震災2日後に名古屋ナンバーの消防車48台がサイレンを鳴らしながら駆けつけてくれ、感動の涙が出た。その光景は絶対に忘れない。」と涙ながらに語ってくださいました。そして、最後のお別れのとき「握手してください」と我々7名ひとりずつと握手をしてくださり、涙がこみ上げてきました。微力ながら力になれて嬉しかったです。

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ボランティア活動を通じて感じたこと

4-9.jpg今回、ボランティア活動をした依頼者の方々は、身内やご近所の方が亡くなられて辛い思いをされています。第一波、第二波の後に家に荷物を取りに帰り、第三波で津波にのみこまれてしまった方。津波発生時に2階にいれば助かったというケースもたくさんあったそうです。「2ヶ月たった今もこれが現実だと思えない。まさかこんなことになるなんて。戦後の焼け野原と変わらない状況で、どうすればいいか分からない。」切実に話されていました。そんな最中であっても、私たちを気遣い、差し入れまでしてくださったのです。こちらが感激し、勇気付けられました。被災された方々の強さ、人と人との「縁」を感じずにはいられませんでした。まだまだ被災地では人手が足りません。今回の活動で、ひとりでは到底進まない作業もみんなで団結すれば躍進できると確信しました。今回活動した荒浜地区は一般車両は通行止めで車が通行できるよう自衛隊が整備していて、住宅や敷地内の復興はほぼ手付かずです。一刻も早い復興作業の必要性を感じます。