東日本大震災(2011.3.11):第5弾 名取市ボランティアレポート(5月17日21日、5月24日~28日、6月14日~18日)

2011年3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震が発生。津波、火災などにより広範囲で大きな被害が発生。震災による死者・行方不明者は2011年4月15日時点で約28,000人にのぼり、なお全容把握には至っておらず、避難者は13万人以上。建築物被害も全壊・半壊計少なくとも7万戸にのぼっているが、いまだ全容は分かっていません。アイジーコンサルティングでも、何か出来ることを行動に移そう!と、ボランティアの有志を募って被災地へ行ってきました。現地に行ったからこそ分かったこと、感じたこと。ボランティアの内容、被災地の現状を報告します。


災害ボランティア 宮城県名取市での活動(第5陣~第8陣)

【災害ボランティア概要】
日程:5月17日(火)~21日(土) 人数:4名
   5月24日(火)~28日(土) 人数:8名
   6月14日(火)~18日(土) 人数:8名
   6月21日(火)~25日(土) 人数:8名
場所:宮城県名取市  合計人数:28名


5月17日(火)~21日(土)の5日間に4名、5月24日(火)~28日(土)の5日間に8名、6月14日(火)~18日(土)の5日間に8名、6月21日(火)~25日(土)の5日間に8名、アイジーコンサルティングの社員が宮城県名取市にて災害ボランティア活動に参加しました。名取市は、市内の28%が津波被害に遭っています。また、仙台空港のある地域です。震災から2ヶ月・3ヶ月と経過し、少しずつ復興も進んできました。しかし、まずは優先して道路や一般住宅から瓦礫撤去やボランティアが入るため、田畑にはまだ車や残骸が残ったままの状態です。塩害にあった田畑も早く復旧しないと、5年ほど作物が育たないと言います。まだまだ東北全体の復興には時間がかかります。

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田んぼに放置されたままの車               名取市小塚原地区の被災地

名取市小塚原地区にて 位牌の捜索・ピアノの移動

名刺大の大きさの位牌を床一面、泥に埋まった中から探し出すという依頼内容でした。家の中いっぱいに流れ込んだ土砂を撤去しながら、慎重に位牌を探し出す必要があります。全員が「ここにある!必ず見つけ出す!」と信じて探した結果、午前中に4つの位牌をすべて見つけ出す事ができました。作業前には「ここになかったら諦めます」と話されていた依頼者の方ですが、発見できた事を伝えるとその一瞬で表情が変わり、心から喜んで頂くことができました。その笑顔に私たち全員が嬉しく、また大きな達成感を感じた瞬間でした。今回の依頼者である奥様は、津波が来たときにご主人さんと分かれて逃げられていて、ご主人さんはいまだに行方不明という話しを聞きました。また、農業を営まれていたのですが、津波被害によって農業ができなくなってしまい、住んでいた家も取り壊して他の地域に移られるということでした。私も同じ状況になった場合、これまでと同じようにその地域で住み続けられるのかと考えると、心が痛みます。震災の被害はいまだに続いていると痛感するとともに復興への道のりはまだ先にあることを実感しました。


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名取市小塚原地区にて 庭の片付け作業

当初、敷地内は一面、津波で流されてきた大きな石や塀、木屑、衣服やコンクリートの塊などが土と一緒に埋っている状態でした。 一日かけて鍬や鋤を使って掘り出し、撤去しました。 もとのお庭がどうなっていたのか今では全く分からない状態ですが、掘れば掘るだけ瓦や塀の残骸、木片などが出てきました。 そこでまた畑が出来るように、皆で信じて、力を合わせて撤去活動に取り組みました。皆、黙々と作業を進めます。それしかありません。少しでも誰かのために何かをしてあげたいという気持ちが全員にあったと思います。その活動の最中にひょっこり小さな芽を発見。掘ってみると「アスパラ」でした。奥様に話を聞くと、もともとそこでアスパラを育てていたとのことでした。 津波の猛威にも、塩水にも負けず元気に育っていました。植物の生命力の強さに驚きました。

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津波を耐え抜いたアスパラ

名取市小塚原地区にて ビニールハウス泥だし

カーネーション栽培農家のビニルハウスの泥出し作業を行いました。作業時間は、10時~14時。休憩を除くと実質3時間程度の作業です。ビニールハウスの中での重労働のため、小まめに水分補給をとるようにとの指示がボランティアセンターから出ました。<泥の中からは水産加工物、レコード、カバンなど様々なものが出てきました。流れてビニールハウスの中に溜まっているのがただの泥ではなく、粘土質の物だったので予想以上に大変でしたがとてもやりがいがありました。
依頼者さんは、私たちのために冷たいお茶や梅干・飴を用意してくださっていました。また、お昼には冷えたオレンジも振舞って下さいました。昼休憩中に奥様からお話を聞く事ができました。地震発生後、仙台空港付近の幼稚園へお孫さんを迎えに行くと、幼稚園は危ないから「小学校へ避難しています」との貼紙が。急いで小学校へ向かったところで津波が発生。幼稚園に居たままだったら・・・危なかったとの事。依頼者さんの所有するハウスや田畑はすべて東部道路より東側にあり、すべて津波でダメになってしまったとの事。その事を悔やまれていましたが、命があったので言える話。今は一日も早く復興できるように、やるしかない。カーネーションは名取市の名産品です。来年の作付けに間に合わせるには、6月末までに泥を撤去しなければならなりません。お昼休憩後は、依頼者さんのためにとボランティアメンバー全員で円陣を組み、一致団結し作業に挑みました。疲れたと言葉を発する人は誰もいません。少しでも早く片付けてあげたい。その想いが皆を動かしていました。

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140cmの高さまで津波がきていた                 メンバーで円陣を組み一致団結

名取市内にて 家屋の片付け・壁の解体・床の泥出し

5-9.jpg家の中にあった家具や畳等の撤去、壁の解体、床下の泥だし等、家をスケルトン状態にし、後々リフォームして住むための下準備です。
10時~15時までの作業でしたが、あっと言う間に終わってしまいました。まだまだ活動できる気がしました。「もっとやりたいね」と話していると、ベテランのボランティアさんが、「ボランティアに参加するのは気持ち、活動はボランティア。」ボランティア活動時間が制限されているのは、ずっと継続していくための時間配分だとの事。ボランティア参加者は活動時間だけしか見ていないが、ボランティアセンターを運営している方は、ボランティア参加者が使用した道具等の洗浄・片付け等、まだまだ仕事が山積みなのです。自分たちは短期間しか参加しないのでもっと活動したいと焦るけど、その想いは浅はかで、地域全体での復興支援の視点が欠けていたなと感じました。当初、依頼者さんは家を壊そうとも考えていたようですが、骨組みだけの状態にし、大工さんに直してもらうことに決めたとの事。このお宅がキレイにリフォームされ、安心して住んでもらえると思うと嬉しくなりました。住宅に携わる者として非常にやりがいのある活動でした。


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床の解体・釘抜き・泥だし                 2mの高さまで津波がきていた

ボランティア活動を通じて感じたこと

被災された方々は、ボランティア活動をする私たちを気遣い、労いの言葉をかけてくださいます。被災された方の話では、震災直後は「やらなきゃ」と気が張っていましたが、今は虚脱感に見舞われる被災者の方が多いとのこと。震災直後から頑張りすぎてきた方々。「頑張れ」という言葉はいえません。どんなに荒んだ風景を見るよりも、被災された方々の話を聞くほうが何十倍も辛く悲しい。変わることのできない苦しみ。自分の置かれている環境がどれほど幸せなのか、痛感します。「いま、わたしたちにできること。」ボランティア活動だけでなく、義援金の寄付、この現状を伝えていく事。時が経てば東日本大震災の記憶が薄れていくと思います。しかし、東北の被災地の方々の戦いはここからです。長い復興支援の必要性を感じました。自分たちにできることは些細なことかもしれません。「いま、わたしたちにできること」実践していきます。


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第5陣 参加メンバー                       第6陣 参加メンバー

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第7陣 参加メンバー                       第8陣 参加メンバー


アイジーコンサルティングでは、今後も継続してボランティア活動を実施していきます。